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2015-02-05 15:27    長財布人気
 ところが昭和四年八月に、第一師団第一連隊長になってから、東條人脈ができあがる。四十五歳、そろそろ陸軍を動かす地位に登っていた東條は、あるいはそのことを意識しはじめていたのかもしれない。この師団は陸軍のエリート師団、師団長が真崎甚三郎、第三連隊長には畏敬する永田鉄山がいる。真崎は軍の長老として、彼らが押し立てようとしていた人物だ。東條に真崎や永田とうまく関係をもち、栄達をはかろうという心算がなかったとはいえなかったろう。そのために優秀な将校を傘下におくことを考えたとしても不思議ではない。 [#改ページ]    勇む高級将校  第一連隊長時代  麻布の六本本に第一師団歩兵第一連隊はあった。  建軍以来、この第一連隊は、陸軍の歴史をそのまま背負いこんでいた。日清、日露両戦争を「武勲」で飾ったタテ八十センチ、ヨコ一メートルの連隊旗は、すでに旗ではない。一枚のぼろきれと化している。それが天皇への忠誠の累積であり、配属されてくる将校の感情を刺激する象徴だった。  その連隊旗を背に、東條はよく部下に訓示した。  部下といっても中隊長、大隊長で、陸士を卒業して配属されてきた将校たちである。東條よりは二十歳ほど若い。彼らへの訓示は、連隊に誇りをもつこと、兵士への心づかいの二点だった。ときに将校室の広間に掲げられている書道家小原録一の書いた「努力即権威」を引用して、努力をすれば必ず認められる、いつか相応の地位に就けるだろうと説くこともあった。 「兵隊は不安をもって入隊してくる。君らは父としての慈愛で接し、古年兵には兄として接するよう命じること。それと入隊してくる者の家庭環境、本人の仕事、能力はすべて覚えてしまうことだ。入隊してくるその日までに中隊の新兵の名前は覚えておけ。なぜそうするか、兵隊は生まれた日はちがっても死ぬときは一緒だからだ。共に三途の川をわたっていく仲間だからだ」——。  中隊長は一斉にうなずく。彼らは、東條が建て前で論じているのではないことを知っている。連隊長として赴任した日、東條はやはり彼らを集めて訓示したが、その際、私語を交した将校を名ざしで注意した。 「右から三番目、私語はいかん」  というのが普通だったので、彼らは度胆をぬかれた。やがてこれが東條流人事管理の要諦であると知った。  連隊長を命じられると、東條は克明に身上調書を調べあげ、将校の顔、名前、性格、家庭環境、それに陸士時代の成績まですべて暗記してしまった。第一連隊には九中隊、そのほかいくつかの併設部隊があり、兵隊の総数は千人で、将校は数十人いる。この数十人のすべてを頭に刻んで、第一連隊に乗りこんできたのである。