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2015-02-04 23:02    クロエエデンショルダー
は じ め に 総合戦略としてのリーダーシップ  現代は急速に、めまぐるしく変化する時代であり、しかも変化は地球規模で、待ちうける未来は不安と動揺に満ちているといわれている。組織は、それぞれが大きな問題をかかえたうえ、世界的な変化に対応すべくあまりに無為無力で、慢性的危機に陥っている。そこから「リーダーシップ」ということが声高に要求され、それはいかにあるべきかがしきりに論じられている。かつてのリーダーのように、組織を作るよりも支配することを重視し、説得よりも服従を求め、人びとを変革させるよりも抑制することにつとめる、そんなリーダーではない指導者を多くの人びとは求めている。  しかも、新しい時代のリーダーが、かつてのような、歴史に輝く偉大な個人といったものでないことも人びとは予感している。たしかに過去には、強力なリーダーシップによって時代をひっぱった人物が存在した。歴史が人をうんだと同時に、人が歴史を作った。英雄は“血と汗と涙”のなかから生まれた。しかし、いまはそうした際立った個人ではなく、総合的戦略としてのリーダーシップを、人びとは期待しているのである。  現在、あらゆる組織において、指揮官と参謀、端的にいえば、政治指導者と補佐官、社長と副社長、小さくは部長と課長、そうした複眼的な見方が要請されるのは、そのためである。しかも組織そのものの規模が違うのである。運営が違うのである。つまり総合力が違うのである。日露戦争にさいして東郷平八郎大将が率いた連合艦隊と、太平洋戦争における山本五十六大将のそれは、人員、隻数、戦場面積、鉄や火薬の量、スピードそのほかあらゆる面で、比較研究できぬほどにかけ離れていた。  とはいえ、いかに強大を誇る軍隊あるいは組織であろうと、所詮、それらを動かすものは人である。そこには人本来の過誤、油断、不手際、逡巡《しゆんじゆん》などがつきまとう。その集積の如何によっては、思いもかけない脆《もろ》さや弱さとなって、強大な組織をも崩壊させる。とくに彼我が互いにせり合う戦いの場において、錯誤の多いほうが敗者の悲運を背負わねばならない、という戦理は昔も今も変りなく、そのことを語ってくれている。  そのために、歴史に学ぶ指導者論、あるいは参謀論が多く書かれ読まれてきた。しかし、それらはややもすれば、かつての英雄史観にしばられすぎてはいなかったか。あまりに個人にとらわれてはいなかったか。われわれの周囲ではっきりと見られるように、組織内のさまざまな人間的組合わせがいかに大事か、その如何によって、人間ひとりひとりが、そして組織そのものが、いかに動かされ錯誤や失敗を重ねてしまうものか、その教訓的類例にはこと欠かないはずなのである。  昭和初期の満洲事変から太平洋戦争へ、いわゆる十五年戦争下の昭和史が、大きくあらぬ方向へねじ曲げられ、国家敗亡の道をたどることになったのも、数多い“運命的”ともいえる人と人の結びつきによることが多かった。人と人とのコンビネーションが、いかに人や組織の興亡隆替を決定づけたことか。本書では、政戦略決定の場において、戦場において、人と人との結びつきがはたした役割の典型をいくつか追ってみた。 指揮官・参謀の組合わせ