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シャネル財布コ ピー編集

 母なら来てくれそうな気がした。私は、根気よく拳で戸を叩いた。しばらくして、みしみしと誰かの足音がした。 「静子さん」  母の声だった。母は、釘抜きで、みりみりと音を立てて養父の打った釘を抜き、戸を開けてくれた。私は、養父が何本くらい釘を打っていたのかに興味があったので、母の握っている釘に目をやった。見て、驚いた。その釘は一本だけであったが、鉛筆くらいの長さがあったのだ。一体家の何処にそんなものがあったのか、それはその噂に聞く「五寸釘」というものらしかった。母は、薄暗い中、右手に釘抜き、左手に五寸釘という迫力あるネグリジェ姿で、 「静子さん、もうお父様に逆らっちゃ駄目よ。あんたがお父様に逆らうからこんなことになるのよ」  と言った、私は黙っていた。布団にもぐり込む前に時計を見ると、午前三時だった。六時間近くも、あの便所の中にいたのだ。私は、自分の体が臭くなってしまったかも知れないな、と少し思った。  私は漫画を相変わらず隠れて描いていた。級友たちの評価は悪くはなかったが、小学校の頃と同じく、私を満足させる程ではなかった。私は漫画を褒めて欲しいというよりは、手応えのある話し相手が欲しかった。特に女の子たちの話は、みんなつまらなかった。  他の子は皆、課外クラブにはいって楽しくやっていたが、私の家では帰りが遅くなるという理由でそれも許されなかった。友だちと何処かへ出かけることを養父や母がとても嫌ったので、だんだんとそういうことも少なくなってきた。中学にあがってからというもの、小遣いも、本しか買ってはいけない決まりになっていた。 「友だちなんかつくる必要はない。友だちなんかいても勉強しなくなるだけだ。勉強は一人でするもの!」  と養父は言った。私は、話の合わない友だちなら、無理して欲しいとも思わなかったが、男の子の中には、話の面白い子がたまにいると思っていた。そして私は、同級生の男の子たちと話が合うだけでなく、上級生の男の子からも何かと構われた。私をよく構う、ある男の子を好きだとかいう女の上級生が、わざわざ二級下の私の所まで嫌がらせを言いに来たりすることもあった。そんな事があっても、男の子たちと話をするのは結構楽しかった。  しかし私は門限の四時には仕方無く家に帰り、誕生日に買ってもらったフォークギターを抱えてはジャカジャカやった。母はそれを聞いて、 「あんたはほんとにいつまでもやってるのねえ、ああ、やかましいこと」  といやな顔をした。母も養父もあいかわらず私が何かに熱中しているのが大嫌いで、よくそれで叱られた。  お芝居が好きで、小学校で演劇部に入っていた私が、国語の教科書の戯曲を夢中で音読などしていると、一応勉強とも言えるので叱るわけにはいかなかったのか、 「お上手なことだねえ」  と養父から皮肉を言われた。  癖っ毛だった私がいつまでも髪を梳《と》かしているといって母が癇癪《かんしやく》を起こしたこともあった。
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